日本型バイオテクノロジー

「千年働いてきました ―老舗企業大国ニッポン」
野村進 角川ONEテーマ21
がおもしろい。


日本には、驚くほどたくさんの老舗企業があるという。
著者が、東京商工リサーチの150万社に及ぶ
データベースを調べてみたところ、
創業100年以上の会社が15,207社もある。
このデータに含まれていない
より規模の小さい会社や個人商店を含めれば、
実に10万社以上と推計されるそうだ。


どんな会社があるのだろう。たとえば、
ギネスブックには登録されていないが、
間違いなく現存する世界最古の会社が日本にある。
創業西暦578年の「金剛組」だ。
金で有名な「田中貴金属」の前身、田中商店は、
1885年創業。
DOWAホールディングス(旧同和鉱業)の前身
藤田組は1884年創業。
ヒゲタ醤油は1616年創業。
蚊取り線香の「KINCHO」でおなじみの大日本除虫菊は、
1885年創業。


キンチョーの創業者上山英一郎氏は、
世界で初めて蚊取り線香を作った人であるが、
そのいきさつが極めておもしろい。
英一郎氏は、開校してまもない慶応義塾で、
福沢諭吉の教え子であった。
ある日、諭吉の知人で、来日中のアメリカ人の農園主が、
英一郎氏を訪ねてきた。
実家のみかん畑を案内して、お土産に山ほど
みかんを持たせてやると、しばらくして、
アメリカから礼状と共に一袋の種が送られてきた。
アメリカ人の話によると、この植物を栽培して、
億万長者になった人がたくさんいるらしい。
その種とは、除虫菊だった。
アメリカ人の話どおり、英一郎氏は、除虫菊から
蚊取り線香を作り出し、億万長者になったのだった。


ちょっと話がそれてしまったが、
ざっとあげても、こんなにたくさんの老舗企業があるのだ。
これは、世界でも珍しい現象である。
日本は、植民地支配下におかれることもなく、
華人による資本の支配を受けることもなかったので、
これほどたくさんの老舗企業が生き残っているのではないかと
著者は述べている。


世界でも類をみない老舗大国ニッポンにおける
老舗の特徴は、手作業の家業や製造業が
圧倒的に多いということである。
つまり、老舗の多くを支えているのは、
職人ということである。


職人の代表といえば、杜氏があげられる。
杜氏といえば、もちろん、造り酒屋だが、
1854年創業の「勇心酒造」の五代目当主
徳山孝氏は、異色の存在である。
その風体は、白衣にめがねと研究者そのもの。
HPを検索してみると、さらにおもしろい。
造り酒屋のはずなのに、
販売している商品のラインナップは、
石鹸、シャンプー、リンス、入浴剤、基礎化粧品など。
はて、違うサイトに飛んでしまったかしらと、
確かめてみても、確かに勇心酒造のHP。


それもそのはず。
徳山氏は、斜陽産業であった造り酒屋から脱却して、
日本古来の発酵技術を組み合わせ、
「ライスパワーエキス」を作り出し、
このエキスを使った商品の開発に舵をきったのだ。
最初の商品である「アトピスマイル」(入浴剤)が
世にでるまでに、実に25年を要した。


ライスパワーエキスは、
西洋型の遺伝子組み換え技術を使って
作り出されたものではなく、
コメを原料として、
麹菌、酵母、乳酸菌などの多くの微生物が
自然につくり出したものなので、
副作用などはない。
生態機能をすこやかにする作用を持っているため、
スキンケアや毛髪や地肌のケア、飲料として、
健康の維持増進にも利用できる。
すばらしい!!


日本には、古来より酒、味噌、醤油、酢、みりん作り
などで培った優れた醸造、発酵、抽出の技術がある。
日本人は、昔から微生物と上手に共生してきたのだ。
日本人の微生物との付き合い方と
西洋の微生物との付き合い方は、根本的に違っている。
勇心酒造の徳山氏が、
そのあたりを明快に説明しているので、
本から引用してみたい。

西洋のヒューマニズムを「人道主義」と訳してきたのは、
とんでもない誤訳やと思うんです。
ある学者が言うてましたが、
あれは、「人間中心主義」と訳すべきなんです。
つまり、何事も人間を中心に「生きてゆく」という発想。
だから、人間と自然との乖離はますます大きくなってきた。
環境問題ひとつ解決できない。こういう人間中心主義は、
もう行き詰ってきたんやないかと思うわけです。
一方、東洋には自然に「生かされている」という思想があります。
私なんか、多くの微生物に助けてもらってきたわけで、
まさに「生かされている」と思います。
方法論でも、西洋が「単一思考」「細分化」であるのに対して、
東洋は「相対合一論」「総合化」や、と。
「相対合一論」というのは、相反することを合一しながら
真実ひとつを目指してゆくということです。
たとえば同じ発酵でも、西洋型の発酵では、
乳酸を作るいうたら、とにかく乳酸だけ種(種菌)をようけ作る。
単一思考ですから。日本型は、発酵をいくつも組み合わせた
総合的なものなんです。

                      「1000年働いてきました」より


まさに、的を得たりという感じだ。
繰り返しになるが、
日本人は微生物と共生して生きてきたという歴史がある。
この技術を、「日本型バイオテクノロジー
としてもっと、もっと広めていくべきなのだ。
「日本型バイオテクノロジー」を利用すれば、
薬とは別の価値感を持った
副作用のないバイオ製品ができるはずだ。
現に、「アトピスマイル」は、
アトピー性皮膚炎患者の88%に症状改善が認められた上に、
副作用も全くなかったのだから。


日本の老舗企業の知恵や技術には、
無限の可能性が秘められているのだ
とういうことがよくわかった。
「1000年働いてきました」は、お薦め!