日本型バイオテクノロジー

「千年働いてきました ―老舗企業大国ニッポン」
野村進 角川ONEテーマ21
がおもしろい。


日本には、驚くほどたくさんの老舗企業があるという。
著者が、東京商工リサーチの150万社に及ぶ
データベースを調べてみたところ、
創業100年以上の会社が15,207社もある。
このデータに含まれていない
より規模の小さい会社や個人商店を含めれば、
実に10万社以上と推計されるそうだ。


どんな会社があるのだろう。たとえば、
ギネスブックには登録されていないが、
間違いなく現存する世界最古の会社が日本にある。
創業西暦578年の「金剛組」だ。
金で有名な「田中貴金属」の前身、田中商店は、
1885年創業。
DOWAホールディングス(旧同和鉱業)の前身
藤田組は1884年創業。
ヒゲタ醤油は1616年創業。
蚊取り線香の「KINCHO」でおなじみの大日本除虫菊は、
1885年創業。


キンチョーの創業者上山英一郎氏は、
世界で初めて蚊取り線香を作った人であるが、
そのいきさつが極めておもしろい。
英一郎氏は、開校してまもない慶応義塾で、
福沢諭吉の教え子であった。
ある日、諭吉の知人で、来日中のアメリカ人の農園主が、
英一郎氏を訪ねてきた。
実家のみかん畑を案内して、お土産に山ほど
みかんを持たせてやると、しばらくして、
アメリカから礼状と共に一袋の種が送られてきた。
アメリカ人の話によると、この植物を栽培して、
億万長者になった人がたくさんいるらしい。
その種とは、除虫菊だった。
アメリカ人の話どおり、英一郎氏は、除虫菊から
蚊取り線香を作り出し、億万長者になったのだった。


ちょっと話がそれてしまったが、
ざっとあげても、こんなにたくさんの老舗企業があるのだ。
これは、世界でも珍しい現象である。
日本は、植民地支配下におかれることもなく、
華人による資本の支配を受けることもなかったので、
これほどたくさんの老舗企業が生き残っているのではないかと
著者は述べている。


世界でも類をみない老舗大国ニッポンにおける
老舗の特徴は、手作業の家業や製造業が
圧倒的に多いということである。
つまり、老舗の多くを支えているのは、
職人ということである。


職人の代表といえば、杜氏があげられる。
杜氏といえば、もちろん、造り酒屋だが、
1854年創業の「勇心酒造」の五代目当主
徳山孝氏は、異色の存在である。
その風体は、白衣にめがねと研究者そのもの。
HPを検索してみると、さらにおもしろい。
造り酒屋のはずなのに、
販売している商品のラインナップは、
石鹸、シャンプー、リンス、入浴剤、基礎化粧品など。
はて、違うサイトに飛んでしまったかしらと、
確かめてみても、確かに勇心酒造のHP。


それもそのはず。
徳山氏は、斜陽産業であった造り酒屋から脱却して、
日本古来の発酵技術を組み合わせ、
「ライスパワーエキス」を作り出し、
このエキスを使った商品の開発に舵をきったのだ。
最初の商品である「アトピスマイル」(入浴剤)が
世にでるまでに、実に25年を要した。


ライスパワーエキスは、
西洋型の遺伝子組み換え技術を使って
作り出されたものではなく、
コメを原料として、
麹菌、酵母、乳酸菌などの多くの微生物が
自然につくり出したものなので、
副作用などはない。
生態機能をすこやかにする作用を持っているため、
スキンケアや毛髪や地肌のケア、飲料として、
健康の維持増進にも利用できる。
すばらしい!!


日本には、古来より酒、味噌、醤油、酢、みりん作り
などで培った優れた醸造、発酵、抽出の技術がある。
日本人は、昔から微生物と上手に共生してきたのだ。
日本人の微生物との付き合い方と
西洋の微生物との付き合い方は、根本的に違っている。
勇心酒造の徳山氏が、
そのあたりを明快に説明しているので、
本から引用してみたい。

西洋のヒューマニズムを「人道主義」と訳してきたのは、
とんでもない誤訳やと思うんです。
ある学者が言うてましたが、
あれは、「人間中心主義」と訳すべきなんです。
つまり、何事も人間を中心に「生きてゆく」という発想。
だから、人間と自然との乖離はますます大きくなってきた。
環境問題ひとつ解決できない。こういう人間中心主義は、
もう行き詰ってきたんやないかと思うわけです。
一方、東洋には自然に「生かされている」という思想があります。
私なんか、多くの微生物に助けてもらってきたわけで、
まさに「生かされている」と思います。
方法論でも、西洋が「単一思考」「細分化」であるのに対して、
東洋は「相対合一論」「総合化」や、と。
「相対合一論」というのは、相反することを合一しながら
真実ひとつを目指してゆくということです。
たとえば同じ発酵でも、西洋型の発酵では、
乳酸を作るいうたら、とにかく乳酸だけ種(種菌)をようけ作る。
単一思考ですから。日本型は、発酵をいくつも組み合わせた
総合的なものなんです。

                      「1000年働いてきました」より


まさに、的を得たりという感じだ。
繰り返しになるが、
日本人は微生物と共生して生きてきたという歴史がある。
この技術を、「日本型バイオテクノロジー
としてもっと、もっと広めていくべきなのだ。
「日本型バイオテクノロジー」を利用すれば、
薬とは別の価値感を持った
副作用のないバイオ製品ができるはずだ。
現に、「アトピスマイル」は、
アトピー性皮膚炎患者の88%に症状改善が認められた上に、
副作用も全くなかったのだから。


日本の老舗企業の知恵や技術には、
無限の可能性が秘められているのだ
とういうことがよくわかった。
「1000年働いてきました」は、お薦め!

亡食

「亡食の時代」(産経新聞「食」取材班 扶桑社新書)は、
考えさせられることの多い本だった。


私にとって、“食べる”ということは、
人生最大の楽しみの一つといってよいほど、
重要な問題だ。
しかし、今の若者はそうではないらしい。


都内の出版社で働く編集者の男性(28)は、
数年前から、
「いっそのこと、栄養も完璧で、
ひと粒食べれば満腹になるような“粒”が
あったらいいのに・・・。」
と真剣に考えているそうだ。
彼にとって、仕事で手が話せないとき、
「食慾は邪魔」なのだそうだ。


また、別の男性会社員(37)は、
「食べないと倒れる。だから栄養を流し込んじゃえ!
というのが僕の食事スタイル」
と豪語する。
土曜日であるにもかかわらず、
コンビニで買ったゼリー飲料をブランチとして摂る。
「いちいち調理するのも面倒ですし・・・
栄養がとれればそれでいい。
食そのものにはこだわりがないんです。」


もちろん、食事のスタイルは本人の自由なのだから、
とやかくいうつもりはないが、
これでは、“食べ物を大切にする”とか
“自然を大事に思う”という気持ちは、
おそらく生まれてこないだろう。


彼らの理論でいくと、
ゼリー飲料などの栄養食のパッケージに
ビタミン、カルシウムなどの栄養素や数字が
たくさん表記されているので、
栄養価が十分につまっているということらしい。
この話は、私にとって、
野菜工場以上の衝撃だった。


日本人は、どんどん、自然から遠ざかる生活を
強いられている。
「食品の裏側」(阿部司 東洋経済新報社)で、
阿部氏が指摘していたが、
日本人には、(食べ物の見た目)に過剰なほどの
美意識がある。
たくあんは、黄色に美しく着色されたもの
辛明太子は、色が美しく形がいもの
野菜なら、虫食いでない、色も形も美しいもの
を選ぶ傾向強い。
しかし、外見の美しさを飾るために、
実は、食品添加物や農薬、化学肥料が、
大量に使われているのだ。
そういう食品を作るから売れるのか、
それとも、売れるから作るのか。
いずれにせよ、人工的な手が加わった食品は、
自然の食べ物とは程遠い
何か他のものになってしまっている。


ここまでいくとどうかと思うが、
冷凍食品などの加工食品では、
エビフライの尻尾が欠けていると、
ものすごいクレームがつくそうで、
日本のマーケットでは売れないのだそうだ。


このような消費者の異常ともいえる美しさへの
こだわりのために、多くの食品が廃棄される。
野菜やくだものは、一定の大きさと形に満たないものは
大手スーパーなどの流通には乗らない。
虫食いなど論外だ。
虫も付かないような異常な野菜やくだものを
「おいしい」と言って食べているのだと思うと
ぞっとする。
野菜やくだものは、土や太陽や水が与えてくれた
自然の恵のはず。
そのような、すばらしい野菜やくだものや
自然に対する尊敬の念はどこにいってしまったのだろう。


食べ物を大切にする動きは、
生産者のより近くにいる地方の方が活発だ。
地元で作って、地元で消費するという
地産地消」の動きがそれだ。
地場スーパーなどでは、地元の農家から
ふぞろいで、キズもあり、形も悪く、虫も食っているが、
自然の恵みをたっぷり受けた取れたての新鮮な野菜を
販売している。
それをみんなが買っていく。
そのような野菜やくだものは、
安くおいしいからだ。


大手スーパーでは、おそらく、
このような取り組みはしないだろう。
儲からないからだ。
食に対する価値感が変わらない限り、
多くの消費者は、見た目のきれいさを
購買の判断基準にし続けるのだろうか・・・。


多くの消費者は、本当の野菜の味を知らないのだろう。
私は、幸いにも、子供の頃、
もいだばかりのトマト、きゅうり、なす、枝豆、
とうもろこしなどを味わうチャンスがあった。
あの味は、しっかりと味覚の記憶に留まり、
太陽や水や土の恵を受けた自然のままの野菜が
どんなに甘くておいしいかを知っている。
育ちきったなすがどんなに大きくなるか、
きゅうりは曲がってのび、
トマトのへたからは強烈な香りがすることも
知っている。


こういう体験がなかったら、きっと私も、
見た目の美しい野菜を好んだかもしれない。
幼い頃の食の体験が、大人になっても大きな影響を
及ぼすことを、痛感している。
子供達に、自然のままの野菜やくだものの味を
教えてあげることは、
とても大切なことだと思う。
畑で育つ野菜を見せて、自分の手でもいで、
味わうという体験をするだけで、
ほんの少しでも、食や自然を大切に思う気持ちが
心に芽生えてくるかもしれない。
これは、大切な教育だ。


食事は、単に栄養補給のための行為ではないはずだ。
五感を働かせて食べることを楽しんだり、
食を通してコミュニケーションを交わすことで、
生活に潤いを与えるものであるはずだ。
「亡食」は、
何か大切なものを失ってしまった日本人の
根っこの原因であるような気がしてならない。

遺伝子組み換えトウモロコシに毒性発覚?

遺伝子組み換えトウモロコシに関する
新情報が発表された。
モンサント社製の遺伝子組み換えトウモロコシを
与えられたラットの肝臓と腎臓に毒性が現われた
というものである。


この事実は、モンサント社欧州委員会
欧州での販売許可申請書を提出した自社の
遺伝子組み換え殺虫性トウモロコシ「MON863」
の安全性調査報告書を専門家が
あらためて審査したことで明らかとなった。


審査を行ったのは、
フランスのカン大学遺伝子組み換え技術工学の
政府専門家である
ギリス・エリック・セラリーニ教授が率いる
科学者チームである。


MON863は、トウモロコシによく見られる、
根きり虫に対して毒素を発生する菌の遺伝子を
組み替えたトウモロコシ。
害虫を土壌で殺してしまう作用を持っている。
また、抗生物質耐性遺伝子も組み込まれているそうだ。
MON863を認可している国は、
EU、オーストラリア、カナダ、中国、メキシコ、
フィリピン、アメリカ、そして、日本である。
日本では、2001年3月に安全性審査を通過し、
食品、飼料として流通している。


MON863が人間や動物の健康に及ぼす危険性は
おもに2つの結果が得られた。
1つは、肝臓と腎臓への毒性、
もう1つは、性別による体重の異常変化である。
体重については、オスでは3.3%の重量減少、
メスは3.7%の重量増量が認められた。


この2つの結果から、MON863が、
内分泌かく乱化学物質として作用し、
ホルモン代謝異常を引き起こしている可能性を
指摘している。
毒性発生の原因については不明。


以上より、結論として言えることは、
「MON863は食品や飼料として安全とはいえない」
ということである。


今回の一件で、ただちに、
遺伝子組み換え作物は危険であると結論付けるのは
早計であるが、何か、不自然だなということは、
素人でも感覚的にわかる。
ただし、今まで、それを科学的に証明するデータが
少なかった。
食べ物は、命に関わる問題なので、
中立公正な組織から発表された
科学的な裏づけのある真実が知りたい。
それと同時に、
「食べない権利」でも述べたとおり、
食べたくないものは食べないという
権利を保証するために、
正確な食品表示が求められる。
これは、消費者が声をあげていかなければ、
状況は改善しないのだと思う。


遺伝子組み換え原料を使用しているかしていないかを
判断するためのツールとして、
1つの参考になりそうなのが、
グリンピースが発行している
「トゥルーフード・ガイド」である。
Web上にも検索サイトがあるので、
参考にしてみるとおもしろいかもしれない。

発熱

先週、木、金と発熱のために仕事を休んでしまった。
考えてみると、熱を出して寝込んだのは、
5年ぶりくらいのことだ。


体調が悪くなると、健康のありがたさがよくわかる。
健康なときは、心地よいはずの眠りが、
病気の時は、苦行に変わる。
なにしろ、連続して眠ることができないのがつらい。
息苦しさで、2時間おきくらいに目が覚めてしまい、
また寝付くのが一苦労。


ぼーっとする頭で、考えていたことは、
野生の動物は、ケガをしたり、病気になったりすると
一切、えさをとらず、ただひたすら、
じっとしていると何かの本に書いてあったなあ
ということ。
ケガや病気を治すことに自分のエネルギーの全てを注ぐためだ。


エサを食べなければ、栄養がとれないから、
逆に回復が遅くなるのでは、
と考えてしまいたくなるが
そうではないらしい。
食物の消化活動ほどエネルギーを消費する行為は
他にはないというのだ。
自転車に乗ったり、ランニングしたり、水泳以上に
エネルギーを消費すると説明している本もある。


よって、野生の動物たちは、絶食して、
ケガや病気を治すことを最優先させるのだそうだ。
人間も同様、とその本には書いてあった。


それは正しいような気がする。
いつもは、なによりも食べることが好きな私が、
まったく、食べる気にならなかったからだ。
体が食べ物を欲していないことがよくわかった。


同じような状況の時、以前なら、
体力をつけなければと、
無理に何かを口にしていたのだろうと思うが、
今回は、体の声に従うことにした。


薬についても、いろいろな考え方がある。
熱は、理由があって上昇しているのだから、
薬などで無理やり下げない方がよいというのが、
自然療法的な考え方。
これにも従って、ただ水を飲んでひたすら
じっとしていた。


3日後に熱は下がった。
薬を飲んで体を治した時と、今回とで、
明らかに違う点が一つあった。
病み上がりだというのに、
大変、爽快であるということだ。
薬を飲んだ時は、熱は下がってもだるさが残り、
その後、1週間くらいは体調が優れないことが多い。
しかし、今回は、熱が下がった時点で、
完全に復調したことを実感することができた。
エネルギーが体にみなぎっている感じ。
熱を出し切ったおかげで、
体全体がリセットされたような気分なのだ。


あくまでも、主観的な感覚ではあるが、
薬に頼るよりも、
自分自身が持つ病気を治す力に頼る方が、
自分の体にはあっていると感じた。


久しぶりに体調を崩し、
薬は、症状を緩和することはできても、
病気の根本を直すことはできない
ということを、実感!!

うぐいすが教えてくれたこと

今朝、事務所の窓を開けて、空気を入れ替えていたら
うぐいすの鳴き声が聞こえてきた。
六本木にも、うぐいすはいるんだなあ
とちょっと感動。
しかし、この時期にうぐいすとは、
ちょっと早すぎはしないか。


うぐいすについて調べてみた。
うぐいすは、季節によって鳴き声が違うそうだ。
春から夏にかけては、「ホーホケキョ」
秋から冬にかけては、「チャッチャッ」という地鳴き。
ちなみに、地鳴きというのは平常の鳴き方のこと。
それに対して、ホーホケキョは、
繁殖期のさえずりなのだそうだ。


うぐいすは、この陽気に誘われて、
春が来たと勘違いしているのだろう。
身近に温暖化の影響を感じてしまう出来事だ。


今年は、世界的にも異常気象が猛威を振るっている。
米国・欧州では暖冬、
ブラジルでは豪雨による洪水被害、
インドでは厳しい寒波、
オーストラリアでは記録的な干ばつ。


異常気象、異常気象というが、
ここ数年、頻繁に異常気象が起こっており、
異常気象も多発すれば、
それはもう異常気象ではないわけで、
よくある気象の変化の1つなのではと、
思わずつっこみを入れたくなる。


それはともかくとして、
今回の異常気象の主因は、エルニーニョ現象であると
多くの専門家は見ている。


エルニーニョ現象とは、
南米ペルー沖で発生する大気海洋現象で、
熱帯太平洋で東から西に吹く貿易風の影響で起きる
とされている。
平常の状態より貿易風の勢いが弱いと、
ペルー沖付近の海水温が上昇する。
そこで上昇気流が生まれ、北半球の気候を左右する
偏西風が蛇行を始める。
これによって、気圧配置が例年とは変わってしまい、
偏西風がへこんだ部分が温暖化現象を引き起こし
出っ張った部分が寒波となるのだ。


この説でいくと、偏西風の蛇行の原因は、
温暖化ということになるが、
別の説もある。


人間は、本来は自然界には存在しない、
化学物質を人工的に作り出してしまった。
その結果、この化学物質は、
地球の浄化システムでは分解しきれず、
やがて、オゾン層を破壊し、
その結果、地球の中心である軸がぶれ始め、
偏西風蛇行の原因になっているという説だ。


いずれにせよ、人間の経済活動がこの異常気象の
原因を作り出していることだけは間違いない。


最近、温暖化を警告する報道が大変多くなってきた。
映画「不都合な真実」の
元米国大統領のアル・ゴア氏や、
「1秒の世界」
「世界を変えるお金の使い方」
「気候変動+2℃」
の著者である山本良一教授などが、
新聞、テレビ、雑誌などのメディアに
頻繁に顔を出している。


昨日も、TBSで、
『超地球ミステリー特別企画「一秒の世界」』
を放送していた。


とにかく、まず、今地球で何が起こっているのかを
知ることはとても大切なことだと思う。
知らなければ何も始まらないからだ。


アル・ゴア氏が週間ダイヤモンド2月3日号の
山本良一教授との対談の中で述べている。

今、地球に起きている温暖化の問題は、
人類史上、誰も経験したことがないものです。
誰も経験したことのない問題に立ち向かうためには、
想像力が必要です。
つまり、わたしたちの
倫理的想像力が試されているのです。
(途中省略)
これがどういうことなのか、なぜ深刻な問題なのか、
なぜ緊急に行動を起こさなければならないかを、
より多くの人びとに理解してもらわなければなりません。
理解し、想像力を働かせることこそが、
十分な行動を起こしていくために
不可欠なことなのです。

まず、知ること。
何が起こっているのかがわからなければ、
行動を起こすことはできない。
多くの人とこの危機意識を共有できれば、
きっと何かが変わると思う。
わたしたち1人1人の力は小さいけれど、
環境に配慮した生活を送ることで、
お金の使い方が変わるはずだ。
何を買うか、何を買わないか。
何を使うか、何を使わないか。
この意識の変化だけで、
企業のあり方を変えることができるはずだ。
資本主義社会では、
消費者のニーズがないものは、販売されない。
消費者の選択次第で、企業が変わるのだ。
企業が変われば、社会が変わる。
社会が変われば、国が変わる。
国が変われば世界が変わる。


環境問題の取り組みは、短時間では結果がでない。
できるだけ早く行動する必要がある。
アル・ゴア氏は述べている。
「最も重要なことは、
一刻も早く、しかも大胆に行動を起こすよう
世界全体を動かすことだ」
そのためには、
消費者1人1にの草の根の力を欠かすことは
できないと思うのである。

食糧危機はある日突然やってくる

レスター・ブラウン氏は、
ワールド・ウォッチ研究所の創設者で、
早くから大量消費社会に警告を鳴らしている。


レスター・ブラウン氏の著書
「フード・セキュリティー
 〜だれが世界を養うのか〜」
(ワールドウォッチジャパン)
の中に、かなりショッキングなくだりがある。
2004年に、それまで穀物供給国であった中国が
食物輸入国に転じたという事実だ。
インドでも同様の動きが起これば、
世界で、いったい誰が穀物を作るというのか。


伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏は、
次のように語っている。

本当に突然、来るもんなんだよ。
食の危機というものは。
晴れている時は、雨雲がどこにあるかなんて、
誰も気に留めようとしない。
嵐が来たらどうするかなんて考えない。
でも、嵐が来てから慌ててももう遅い。
そんな事態に見舞われたことが、
日本には、あったはずなのに・・・。

丹羽会長が指摘している事件は、
1973年6月27日に起こった
「大豆輸出禁止措置」のことだ。
当時の米大統領ニクソンは、
異常気象による大豆不作の対策として、
国として食糧を囲い込むという手を打った。


丹羽会長は、米国駐在員として、
大豆などの買い付けを担当していたそうだが、
完全に寝耳に水の発表だったそうだ。
確かに、世界的に大豆価格は高騰していたが、
このような強攻策が発動されるような兆候は、
全く、どこにもなかったというのである。


大豆が入ってこなければ、当然、
日本国内の大豆製品が影響を受ける。
1972年に1丁39円だった豆腐の価格は、
73年9月7日に
輸出禁止が解除になった後も上昇を続け、
1丁70円と2倍弱に跳ね上がったそうだ。
また、禁輸前後の1年で、
納豆の価格は9割、味噌は6割上昇。
これが、ある日突然やってくる
食糧危機の実態である。


最近では、格差社会などと言われているが、
もし、深刻な食糧危機が発生したら、
生死を分ける格差になりかねない。
日本には、その備えがあるのだろうか。


農水省「食糧需給表」によると、
2005年度の日本のカロリーベースの食糧自給率
40%だそうだ。
ちなみに、1965年の同数値が73%だから、
半分近くまで自給率が落ちている計算になる。
米を除いて、ほとんどの食糧を
海外からの輸入に頼っているのが現状だ。


一方で、世界の食物を食い尽くす
巨大な胃袋である中国が、
食べ物を飲み込みはじめている。
経済発展に伴い、菜食中心から肉食中心へと
食のスタイルが変化しているのも気になるところ。
特に牛肉に対する中国人のイメージが
変わってきており、
中国都市部に住む富裕層は、
霜降り肉などの高級食材に惜しみもなく
お金を払うようになってきた。
牛肉1kgの生産に必要な飼料は、
豚肉の2倍、鶏肉の4倍だとか・・・。
これまで以上に、中国の穀物輸入が加速するのは、
火を見るより明らかだ。


その上、環境破壊が進み、
異常気象や慢性的な水不足による土壌の劣化や砂漠化で、
穀物の収穫量は、年々減ってきている。
自分の国で食べる食糧がなくなりそうな時、
どこの国が食べ物を分けてくれるというのか。


話は変わるが、この間、NHKで、
高齢化が進む農村で、働き手がいないため、
田んぼや畑が荒れていく現状を報道していた。
若者は、農家をいやがるという。
それは、仕事がきつい上に収入が安定しないため。
農業の生産性が低いのは、農家一戸当たりの
耕地面積が小さいことに原因がある。
米国の178.4ヘクタール、
フランスの45.3ヘクタールに比べ、
日本では、1.3ヘクタールにすぎない。
これでは、食べていくのが難しい。


若い人が職業として、農業を選ぶための工夫が
絶対に必要だ。
たとえば、「地産地消」という言葉があるが、
地元で作ったものを、
地元で消費してもらうビジネスモデルを
企業とともに模索してくというのは
1つのアイディアかもしれない。


そんなビジネスモデルを実践している企業がある。
福岡県板垣町に本拠地を構える「グラノ24K」
がそれである。
地元の農家や漁師と契約して、
無農薬野菜や旬の魚を仕入れ、
新鮮な食材を使って料理を提供する
「野の葡萄」というレストランを運営する企業である。
このレストランではブッフェスタイルを取っており、
80種類の料理を1600円前後という
お手ごろな価格で楽しむことができる。


グラノ24Kは、
東京や大阪など6都府県にまたがって、
他店舗展開しながら、進出先の地域ごとに
地産地消」を実践している。
東京丸の内にもお店があるが、
ここで使われる食材は、
もちろん東京近郊で収穫されたものである。


グラノ24Kは、地元の契約農家から、
作物を安定的に買い取ってくれる。
品質や安全に問題がなければ、形が悪くても、
サイズが小さい規格外作物でも買い取ってくれる。
これなら、
農家も安心して無農薬栽培を行うことができる。


ちょっと、ビジネス心を働かせてみれば、
消費者の安全な食へのニーズは増えているため、
「食育」を交えたマーケティングをうてば、
もう少し高い価格設定でもいけるのではと思う。
そうすれば、農家からもっと高い値段で作物を
買い取ることができる。
これだけ、食の汚染が進んだ今となっては、
安全な食材は、高付加価値商品なのだ。


日本の食を守るのは、
地方の力、地場の力だと思う。
豊かな自然が何ものにも変えがたい
強力な武器なのだ。
アイディアが必要ならば、公募というのも
1つの手段かもしれない。


稲取温泉観光協会事務局長公募に1281通もの
応募があったという。
「年収700万円、成功報酬100万円、
庭付き1戸建て無償提供」
という好条件に飛びついたという側面も否定できないが、
この試みがうまくいけば、
よい成功事例となる。


国はあてにならないので、
自分たちができることから始めなければと、
真剣に考える今日この頃である。

エスカルゴ牧場

スローフード運動という言葉がある。
ファーストフードに対して、
スローフード
なんだか、わかったようなわからないような。
その定義は、
「地元の良質な食材を提供する小生産者を守り、
彼らが提供する食材の価値を
その地域の消費者全体に認識してもらう運動」
ということらしい。
地元で生産して、地元で消費する、
地産地消」ということ。


では、次のケースは
スローフードと呼べるのか。
三重県にある『エスカルゴ牧場』のケースである。
タツムリの養殖だからスローフード
いきたいところだが、
本来、エスカルゴは日本の食材ではない。


三重エスカルゴ開発研究所代表取締役
高瀬俊英氏は、もともと鉄工所を経営していた。
今から20年前に、
エスカルゴと出会ったことが、
エスカルゴ牧場」を運営するきっかけとなった。
本場フランスでは年間に
30億匹ものエスカルゴが食されているが、
最高級品種の「ブルゴーニュ種」は、
乱獲と生息環境の悪化で、
フランスでも絶滅の危機に瀕しているそうだ。
多くの研究者が養殖に取り組んだが、
当時、成功例はなかった。


高瀬氏は、
「これはいける!!」と考え、
エスカルゴの養殖に取り組むことにした。
多くの学者でさえうまくいかなかった養殖に
素人の高瀬氏が取り組むのは無謀だ。
しかも、フランスと日本では、
気候も違えば、土壌も、そこに住むバクテリアも違う。


しかし、高瀬氏は成し遂げた。
養殖棟の中に、フランスの森と同じ環境を作り、
温度や湿度だけでなく、
腐葉土の層や配合飼料の成分、
機器や設備の設計まで研究し尽くし、
世界初のエスカルゴの養殖に成功したのだ。
これ、世界的に、
かなりサプライズな出来事だったらしい。
フランスの研究者から譲受けた7匹の
ブルゴーニュ種のエスカルゴは、
今では20万匹にも増えている。


冒頭でもふれたが、
このブルゴーニュ種は、
現地で絶滅の危機に瀕しており、
欧州で保護指定動物になっているそうだ。
20万匹ものポマティア(エスカルゴの名前)
を見られるのは、
世界でも「エスカルゴ牧場」だけ。
すごい事業に成功したんだなあ!
社会的な意義も大きい。
しかし、そんな貴重な種を、
パクパク食べちゃっていいのかな。


このポマティアくん、
保護指定動物になっているだけあって、
大変大きくて、おいしそう。
帝国ホテル、グランドハイアット明治屋
三越、うかい亭などなど、
多数のレストランやホテルに卸している。


個人でもインターネットで購入可能。
9個入り2835円、
その他、12個入り、20個入り、30個入りがある。
トースターで3−4分焼くだけで、
食べられるので、
家に居ながらレストラン気分を味わえるらしい。


絶滅の危機に瀕しているエスカルゴを
しかも本来、日本に生息していない種を
このように手軽な値段で味わえるのは、
養殖という技術のおかげ。
しかし、機械に管理された環境で
育てられる生き物は、
野菜工場のケースと同様にやはり不自然だ。
そう考えるとやはりスローフードとは、
いえない気がする。


このまま、環境破壊が進んだら、
今私たちが普通に口にしている天然の食材が、
養殖でなければ食べられなくなる時が
くるのかもしれない。
普通のものを普通に食べられないなんて、
どう考えても、普通の状態じゃない。


政治家のみなさんは、
産む機械発言」の問題に
全精力を傾けている場合じゃありませんよ。
この問題で審議が空転してるんじゃ、
それこそ、税金の無駄遣いもよいところ。
エネルギーをかけるとことが
違うんじゃないんですか。
こうして、時間を空費している間にも、
食糧危機や水不足が、
刻一刻と近づいているかもしれないのに。


食糧危機は、静かに近づくるのではなく、
ある時突発的の襲ってくるそうだ。
2004年に、中国が穀物の備蓄を使いきり、
穀物生産国から穀物輸入国に転じた事実を
真剣に考えるべきだ。
いったい、世界の食糧を誰が作るのか?
日本にそのしっかりした備えがあるとは、
とても思えない。
大変、心配である。